まだ関心領域の話してる

噛み締めるほどに面白かったな…。と思う。
ヘッドフォンをつけて見返して、映画館で見たかったと後悔した。密室爆音でこの音を聞き続けたら評価も「ホラー」になるかもしれない。

この映画は見ている時の空恐ろしさよりも、映画レビューサイトの感想見たときの方が怖くなる。
前提条件として観客の教養を信じているんだと思う。知識がないと「何が異常なのか」「どこが怖いのか」がわからないんだ。誰かを虐げていることを知った上で、誰かの不幸に対して無関心であることの不快さではない。そもそも虐げていることを知らないという不快さ。
こういうことって日常でもあり得る。無知ゆえに相手を傷つけるようなことを言ってしまったり。
ただこういう無知による無自覚な加害って想像力で補えると思うんだよな。

この映画も、火葬場の建造計画を淡々と進めたり、食料の奪い合いをした囚人に溺死を命じたりなど、多分前提知識がなくてもわかる部分もある。映画内の情報だけでも何が起きているのかが想像できそうだと思う。知識がない時は情報の断片から想像することで思いやったり人の気持ちに寄り添ったりできるのかもしれない。

ところで最後のほうでヘスが吐いてましたけど、一度静かな環境に身を置いてみて、もう無関心ではいられなくなったんだろうな。
最後第四の壁を越えてこっちを見ているところ、現代のアウシュビッツ博物館の清掃シーンで「他人事だと思うな」というメッセージを感じた。背景の真っ暗な廊下も敗戦への歩みと言う感じがして、最初から最後まですごい演出手法ばかりだったな。


ここからは色んな人に怒られそうな感想。
今回この映画を見てルドルフ・フェルディナント・ヘスについて調べるうちに、ああ、これが汚れ仕事も平気で行うというやつか…。と思ってしまった。
凡庸な悪、という言葉がある。思考を放棄してただ命令に従うだけの市民が悪事を為すのだ、という哲学者の言葉。
当時のドイツが舞台の映画はヘシの解像度を高めるために見てしまうでよ…。
多分サウルの息子も同じような理由で見た気がする。
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